子供の頃は父が非常に厳格で褒められたことは1度もない。 父の前で正座させられ怒られていると気が遠ざかってしまうほど緊張した。 今の父親像では考えられないだろうが・・・
それがもとで姉の後ろで隠れてものをいうような子だった。 学生時代も2年生ぐらいになるとだんだん環境に慣れ、時間に余裕ができて、たまに自分をみつめなおすようになる。 「俺は独りでは何にも出来ないようないくじのない人間なんだろうか?」「人より劣っているのではないか?」”など深く考えるようになる・・・
よう〜し! 春休み、思い切って独り旅をする一大決心をする。 とりあえず好きな手頃な島=伊豆七島へ。 伊豆七島と一口に言っても、伊豆大島・新島・式根島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島。の七島から構成される。 1度には周れないので取りあえず、伊豆大島から。 まずは下調べをして竹芝桟橋へ向かい夜、フェリーに乗る・・・船底の二等船室は殺風景なロビーの様相を呈していた。 初めての船旅、床からエンジンの鼓動が身体に伝わり、まったく眠れず。 そのうえ、AM5:30ごろ海はしけ、岡田港には着かず、裏手の元町へ・・・なかなか筋書き通りにはいかないことをおもい知る。 港はシ〜ンと静まりかえり、しかも雨・・・こんな右も左も分からない所にほっぽりだされても、宿もないし。
独り仕方なく雨に打たれながら坂道を登る。 あがりついたところに幸運にも民宿があり、空き部屋もあるのでなんとか宿を確保する。緊張と疲れでしばらく部屋で仮眠をとる・・・その日、椿園(椿トンネル)や筆島など歩いて観光する・・・筆島を見ている最中、これまた観光で来ていた同年代の男4人グループと出くわし筆島をバックに写真に誘われ撮って貰う。 私は当時カメラなどという高級なものはもっていなかった・・・何故1枚だけこの写真が手元にあるか、おぼろげだが、住所を聞かれ送ってもらったような気がする。 この4人妙に明るく好感がもてた、自分に指を差しているのが私!5人で旅をしていた訳ではない。これも旅の偶然の出会いなのです。 宿に戻ったその夜、他の部屋から笑い声・・・廊下を通りながら見ると若いグループ5人、それに妙なことに独りは男であと女。”この生態系どこかでみたぞ〜” ・・・そうだセイウチのハ〜レム! うらやましい・・・その夜、無性に寂しく、缶ジュースを手みやげに恥を忍んで遊びに行く・・・”窮鼠猫をかむ”の気持ち。 トランプなどをしたがよそものを歓迎しないような雰囲気・・・すごすご部屋に戻る。 就寝時、布団の中であやつらの布団の並べ方を色々と詮索していた『くそ〜!』
つつ”いて夏休み新島へ・・・船旅は2回目なので慣れたもの今度はいい環境で・・・と思いきや消灯時間に騒ぐどこぞの酔っ払いのオジサン、非難の怒号の中しょうがなくデッキに誘い夜通しの自慢話
自分がまいた種とあきらめ、しゃべりまくる酔っ払いのオジサンに断り少し寝ることに・・・目が覚めたらそのおじさんの姿はどこにも無かった。
この島はサーフィンのメッカで宿に着くと早速、サーファーのグループと相部屋となる。 相部屋の若いサーファーはサーフィンもしないで独りで来た私にいぶかしげに話しかけてきた。『何か悩んでいるんですか?・・・』 俺ってそんな風に見えるのか・・・?何かここで自殺でもしそうな面持ちだったのか?今、思い出してもおかしい。 それからまた独り、源為朝神社・流人の墓etc見て周る。
その夜、宿の主も加わり若い泊り客全員10人ぐらいで盛大な酒宴とも会食ともつかぬ宴が催される・・・宴もたけなわ酔った宿の主人がこれから車でドライブに行こう・・・と若い男ども数人を扇動する。止めに入った私はなぐられ、そのままドライブへ、私は傷心のまま床に就く・・・朝方、私に主の奥さんがしきりに頭をさげたが許せるほど寛大ではなかった。 宿を後にする時、サーファーのグループの中の女の子が二人が見送ってくれているのか私の後をずっとついてきてくれる。 だが1度も言葉を交わすことはなかった・・・
あまりイイ思い出の一人旅ではなかった・・・伊豆七島めぐりも伊豆大島・新島・式根島を飛び越え
記事にしたバイトで行った神津島、結局3/7で頓挫したのであります。
このひとり旅(自分探しの旅)で分かったこと=自分は劣ってもいないし秀でてもいない、『普通なんだ!』・・・と。その”普通”という響きがなんとなく美しく、神々しく感じられて”嬉しかった” ・・・のを覚えている。


ラ〜メン・つけ面・ぼく、ちじれメン! ハィー



